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「社主」とは、会社・結社の持ち主や代表者の呼称、英語では「owner」。社長や会長と似たような意味の用語だが、日本においては、主に新聞社で使用されている肩書きである。皆んな大好き朝日新聞にも、大・社主がいらっしゃった。今年2020年3月にお亡くなりになった、村山美知子さん。さっきGoogleで「社主」と検索したら、美知子さんのお顔が一発で出てきた。

 

本書は、美知子さんの晩年に「秘書役」として付き添った朝日新聞記者による著書。

 

村山家の「個人経営」から始まった朝日新聞社

 

朝日新聞社の創業は1879年。美知子さんの祖父・村山龍平翁が株式の2/3、共同経営者の上野理一が1/3を保有する形で発展してきた。今では信じられないが、創業当初は日本政府と三井財閥から秘密裏の支援を得ていた為、政府の御用新聞としての色を帯びていたらしい。そして戦前・戦中・戦後と新聞事業が急拡大する中でも、朝日新聞社は村山家と上野家による支配が続いてきた。

 

朝日新聞社は非上場企業である。そして、言うまでもないが、非上場ということは、市場で株式が売買される事なく、一定数の株主によって会社が支配されているという事である。朝日新聞社は創業以来、村山・上野の両社主家が社長を務める、所謂「所有と経営が一致」した状態が長く続いてきた。転機となったのは1963年、龍平翁の女婿で美知子さんの父である村山長挙氏が社長の頃、他の取締役と鋭く対立し、長挙氏が社長辞任を余儀なくされた村山事件である。

 

この時、長挙社長のもつ株式は12.03%、そして長挙氏に与した妻で龍平翁の子・於藤氏が11.32%、当時43歳の美知子さんが8.57%だったと著書にはある。いっぽう反長挙社長の取締役会は退職社員の持株会の株を集めたほか、村山家と同じく朝日新聞社社主で、株式の19.51%を有する上野家を味方に引き入れた。そして勝負の分岐点となったのは、長挙社長の次女で美知子さんの妹、株式の8.57%を持つ村山富美子さんが、反社長側についた事だったらしい。なぜ富美子さんが父である長挙社長から離反したのか、真相は定かではないそうだが、何とも形容の難しい、会社と株主を巻き込んだ熾烈な争いであったようだ。結果として反社長の取締役会が村山長挙社長を放逐し、その後は朝日新聞の社員から役員になった者が社長を務めることになった。いわば所有と経営が分離された事になる。

 

社主という「象徴(シンボル)」

 

所有と経営の分離は、コーポレートガバナンスの基本である。会社経営者は、会社所有者つまり株主の厳しいチェックのもと、株主の負託に応えるべく、透明性の高い経営をしなければならない。いっぽうで、所有と経営が一致している事で、外部株主の介入を許す事なく、長期的で大胆な経営ができる、という側面もある。オーナー企業が注目されるのも、幻冬社やCCC、すかいらーくなど、いちど上場した企業がMBOであらためて非上場化するのは、外部株主の顔色を伺う事なく、経営の自由度を高めたいという狙いがある事が多い。

 

そしてまた、創業家が経営に関わる事で、その企業のビジョンやミッションに確固とした背骨が通される事は少なくない。トヨタ自動車の豊田章男社長は、もちろん経営者として超一流の社長だが、彼の存在そのものが、「トヨタ」というブランドを体現している。彼が流暢な英語で話す「We」とは、まさに「TOYOTA」とイコールであり、これはサラリーマンとして出世競争を勝ち抜いてきた社長が如何に優秀であろうと、絶対に真似のできない業である。また、朝日新聞社と同じく非上場企業の代表格として知られるサントリーホールディングスでは、ローソンから来た新浪剛史氏が社長として現在「リリーフ登板」中だが、数年後には創業家の鳥井信宏副社長が社長に就任すると目されている。サントリー社員の創業家への忠誠心は、圧倒的に強いものを感じるし、創業家が「サントリー」という、消費者を魅了してやまないブランドを構築するうえで、ひとつの大きなファクターになっていると思う。

 

美知子さんは、毎朝届けられる朝日新聞の朝刊をご先祖の仏壇に供え、お経をあげる日課があったそうだ。これはもはや「神事」と言って過言ではない。美知子さんは社主として、存在するだけで朝日新聞社を体現する神通力があったと言っていいだろう。

 

「最後の社主」を失った朝日新聞はどこへ向かうか

 

美知子さんは2008年以前、朝日新聞社のゆうに36.4%の株式を保有していた。全体の33.4%以上の株を持つと言うことは、株主総会の特別決議を単独で否決する権限をもつという事だ。著書の中では、朝日新聞社の経営陣があの手この手で、高齢となった美知子さんの手元から、株を手放すよう働きかけるさまが、生々しく描かれている。結果として美知子さんは生前、自分の持つ株式の1/3をテレビ朝日に、1/3を村山龍平翁が収集した骨董品を所有・展示する財団法人・香雪美術館に譲渡した(残りの1/3は今年お亡くなりになるまで保有)。

 

美知子さんにとってただ一人、血の繋がる甥である村山恭平さんも、母の富美子さんから受継いだ全株式を既に手放した。恭平さんは「私がもし社主になった場合は、最後の将軍・徳川慶喜になろうと思っています」と語ったと言う。

 

これで村山家の影響力は失われ、朝日新聞はある意味で「普通の会社」になったと言える。新聞社は「社会の木鐸」であるから、より高い公共性と高次のコーポレートガバナンス実現のため、社主が大きな影響力をもつべきではないという意見も理解はできる。しかし、新聞不況が叫ばれて久しく、実際に直近の決算で400億円以上の赤字を出しているさなか、サラリーマンの合議制で物事を決めていて、果たして大胆な改革が断行できるのであろうか。しかも、村上事件後の朝日新聞の社長は、代々記者出身者が務めている。新聞社はジョブローテーションのある放送局と違って、記者職と営業などの総合職を入社の段階で明確に分けて採用している。記者職の人は、基本的にはずっと新聞に記事を書き続けるのだ。如何に優秀な人とは言え、記者ひとすじでキャリアを積み上げてきたビジネスパーソンが、非上場で株主の監視も曖昧な中、巨大企業を牽引していけるのか。

 

朝日新聞のいち読者として、また朝日新聞にゆかりの深い放送局に勤務した社友として、応援したい。

 

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↑思想は保守ですが、朝日新聞電子版は長年定期購読しております。

 

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プロフィール

代表取締役社長
吉田皓一
奈良県出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、朝日放送入社。テレビ営業部で3年勤務したのち退職し、ジーリーメディアグループ創業。東京・台湾・香港を往復しつつ、細々と事業を展開しております。趣味は酒と飯です。車・ゴルフ・時計等一切興味なし、ただひたすらに美酒と美食を求めて日本全国を巡っています。

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